2010年代の外国人選手
正直、JFKの一角として有名なウィリアムスを獲得するまでは、まともな選手はいなかった印象。前半は90年代の暗黒期をそのまま引き継ぐかのように外国人選手も暗黒の時代でした。
星野監督が就任してから、変わったのかな~とは思うがフロントの陣容も変えてほしいと心の底から思う今日この頃。。
クレイグ・ブラゼル
ブラゼルは4年在籍してかなりの数字を残したが、あまり表に出ない部分でかなりの物足りなさはあった。圧倒的な長打力プラスそれなりの打率を残した打撃ではチームに大きく貢献したが、不細工な三振も多く、相手投手からすれば数字ほどの怖さを感じなかったのではないだろうか。また、走力は超がつくほどの鈍足で単打で出塁した場合「あ~ブラゼル、ヒットじゃ意味ないよ。塁をふさいじゃってるよ!」と思わせるほどだ。ただし、一塁守備ではショートバウンドの捕球が意外に上手かった。
来日1年目は西武でプレー。ホームランか三振かという打者でホームランを量産したもののあまりの確実性の無さに契約は更新されずその年限りで退団。翌年はアメリカの独立リーグでプレーしていたが、メンチのあまりの酷さにガックリきていた阪神が「率は低いけど去年日本で一応27本塁打打ってる実績あるし、全く日本を知らない外人連れてくるよりマシか」という感じで連れてきたら、ブラゼルは意外と打った。
ただし、ブラゼルの活躍は阪神にとってはもろ刃の剣だったと思う。それは新井が三塁に固定されたという点だ。ブラゼルが来たからというわけではないが新井は2009年シーズンから三塁にコンバートされていた、そしてそれは失敗だったと思う。新井が懸命にプレーする選手だということは皆が認めているであろうが、その真面目さゆえに守備の失敗は打撃にまで影響が出ていたような気がする、そして新井の三塁守備はド下手だ。
前年まで監督だったどんでんが広島で三塁のレギュラーだった新井を獲得1年目から一塁にコンバートしたほどだった。その新井を三塁に固定せざるを得なくなる、新井の打撃だけでなく、新井が三塁を守ることにより内野守備力も大きく低下する。ブラゼルは熱くて真面目な性格な上にある程度の成績を残しているためスタメンから外せない。ブラゼルの打撃力によるプラスの面、新井が三塁を守ることによって生じるマイナスの面・・・結局プラスが大きかったのだろうかそれともマイナスのほうが大きかったのだろうか・・・個人的にはマイナスのほうが大きかったのでないかと思う。
個人的なブラゼルの印象だが、6番や7番あたりを打つ打者としては理想的だったと思う。ただし、4、5番打者としては物足りなさを感じる。例えばカブレラ、タイロン・ウッズ、ペタジーニ、ラミレス、ローズあたりが放っていた圧倒的な存在感というか威圧感はブラゼルからは感じなかった。
単年の成績では彼らを超えた年もあったが、一番活躍した年でも数字ほどの存在感はなかったと思う。しかし、独立リーグから這い上がってくるタフさ、闘志あふれるプレイ、追い込まれるとバットを短くもって必死に流し打ち、弱点の落ちる球を見逃すために膝下にひもを張った特訓、そして何よりかわいい笑顔によって多くの阪神ファンに支持されていた。
ケーシー・フォッサム
メジャーでもかなりの先発経験がありメジャー通算40勝の投手。その実績から先発ローテーション投手として期待され阪神に入団したが管理人一押しのファッキン助っ人ラミレズと大して変わらないレベルの投手であることがシーズン開始前に露呈。試合を作って勝ち投手になった日もあったが所詮はコントロールも大して良くない左の軟投派で145キロと噂されていたストレートも球速帯で言えば140キロ未満だったと思う。
全く使えないというわけでもなかったが、5回まで投げるだけでアップアップで投げてみないと分からないという投手は助っ人としては失格であろう。また見ていて「こいつ日本に順応したら凄くなるだろうな」という雰囲気が微塵も感じらられず、なぜ獲得したのか謎な選手だった。前も書いたかもしれないが助っ人外国人で軟投型の選手は獲得しないほうがよいと思う。また、魔球フォッサム・フリップはさく裂しなかった。やっぱし変化球に自分で変な名前つけてるヤツはあんまし使えないと思う
ジェイソン・スタンリッジ
2010年先発陣がボロボロ状態だった阪神が緊急獲得、ソフトバンク時代はそこまで良い成績を残していたわけでもなかったので「急場しのぎの緊急補強やな。来年はおらんやろ」というあたりが多くの阪神ファンの声であったと思われる。しかし入団直後は不安定なピッチングが続いていたが、試合を重ねるごとに安定感が増し最終的には11勝5敗と貯金を6つもつくった。前年にロッテからやって来た久保と共にエース級の働きであった。しかし、この2ケタ勝利が阪神在籍中唯一の2ケタ勝利となるとは・・・そんなこと阪神ファンは誰も思っていなかったに違いない。
翌年2011年シーズンも出だしは絶好調だったが後半勝てなくなり、12年と13年も勝ち星に恵まれない状況が続く。その姿は好投しても打線の援護を受けることができなかった暗黒時代の投手を思い起させた、それなりの投球イニングを消化し、防御率も良い、けど集中力が切れる回があり連打を食らってしまう・・・まるで90年代の藪のようじゃないか!
また阪神で先発ローテーション投手として覚醒したのは久保コーチの「魔改造」のおかけという噂もある(週刊ベースボールかなんかのスタンリッジのインタビュー記事で久保さんのおかけ的な発言が載ってた気がする)。久保コーチは有能だったのか!
スタンリッジの投球だが、ストレートは最速が154キロ、球速帯は145キロ~150キロあたりで先発投手だがリリーフ投手なみの球速が出ていた印象。また球速だけでなく球威も伴っておりストレートは非常に重そうな球だと感じた。
変化球はカットボールやカーブが中心、特にカットボールは決め球に使っていたと思う。さらにコントロールも悪くなく、球威、変化球、制球、馬力などが高いレベルで揃っていた投手なのに、なぜあんなに負け星が先行してしまったのだろうか?中盤の大事なイニングでランナーを出すと集中力が切れたようなピッチングで連打を許すなどというシーンがよく見られ、そのあたりが負け星先行の原因かと思われる。・・・しかし、それにしても2年連続防御率2点台なのに合計15勝24敗って、、
負けが先行しているものの、総合的な能力はセリーグ屈指の先発投手だったと思う。メッセンジャー、スタンリッジという外国人ローテーション投手2枚看板は阪神ファンにとって誇りであった。しかし2013年オフ、スタンリッジの契約は更新されなかった。阪神球団が契約更新を望めば恐らく契約は更新されただろう、しかし韓国人ストッパー、オ・スンファン獲得のために外国人枠を1枠空けることを阪神は選んだ。
ロバート・ザラテ
若くて速いサウスポー(ザラテのこと)が独立リーグにいると聞いており「阪神獲得せえへんかなぁ」と思っていたら、本当に獲得したので「フロントグッジョブ!」と当時は思った。しかし、やはりと言うべきか24歳で左で154キロが育成枠で獲得できるということはそれなりの理由があったのだ。まずザラテは制球力が悪く、特に変化球は使いものにならない状態だった。またストレートにしても球速表示こそ出ているもののそこまで球威を感じる球ではなかった。
それでも24歳で育成枠(年棒激安)なので気長に育成すればリリーフ投手として大化けもあるかもと考えていたら、2年目にはファームで21試合連続自責点なしと無双状態になり支配下登録されて1軍に上がってくる。その時は炎上してしまいすぐに2軍に落ちてしまったが将来性を感じさせるシーズンだった(この年はウエスタン30試合登板で3勝2敗1セーブ防御率1.35)。そして藤川がFAでメジャーに移籍したためリリーフ陣が再編される翌年はザラテにとって勝負の年になるはずだった。しかし、ここで左肩肩峰下滑液包炎を発症。復帰がかなり遅れザラテにとってこれが致命傷となってしまった。
勝負の年に勝負できずこの年限りで退団となってしまう。
たしかに荒削りで制球が十分ではなかったが、左のサイド気味の変則投法で150キロは魅力的だった。年齢も若かったし、2軍でのプレーを厭う選手でもなかったから契約を更新してもよかったのではないかと思うが・・・。
2014年現在またBCリーグの群馬でプレーしているようである、阪神でも別の球団でもよいからプロ野球に復帰して1軍に定着している姿を見たいものだ。
マルコス・ベキオナチ
もし大化けしてくれたらもうけもの的な感じで育成枠で獲得したのだろうと思われる。同じく育成枠だったバルディリスがオリックスでレギュラーを獲得したため「今後は自分とこで果実を収穫したいぞ」的な気持ちもあったのかもしれない。
25歳という年齢、恵まれた体躯(身長188センチ)でスイッチヒッターというロマンがある選手であったが2軍でも微妙な成績(52試合 28安打 15打点 4本塁打
2割5分5厘)しか残せず1年で退団となった。ちなみに主なポジションは三塁と一塁。
育成枠だったのでせめて2年くらい様子を見てもよいのではと思ったが・・・。ただ翌年のBCリーグでも阪神時代と似たような成績しか残せていなかったのでプロでやる力がなかったのかもしれない
ボイヤー
コンラッドが全く使えず、外国人枠に空きがあったため、メジャーで中継ぎとして200試合以上登板経験があるボイヤーを獲得。藤川が抜けて手薄になった救援陣の一角として期待されていた。
ボイヤーだが見た目ヒゲ面で身長190センチ、体重100キロ超えの巨体。そこから投げ下ろすストレートは150キロを軽く超えており「ヒゲのパワーピッチャー来たる!」と思っていたら、そのストレートがバッターには意外と対応されており2軍に降格してしまった。そのまま、2軍でシーズンを終えるかもなと思っていたら2軍で久保コーチの指導を受けてパワーアップし、1軍に戻ってきた。
1軍昇格後は変化球も適度に織り交ぜるようになり、合格点のピッチングを披露した。ただし、登板過多気味で揉めたりと中西コーチとはあまり相性が良くなさそうだった。今までの阪神だと翌年残留の合格ラインには達していたと思うが、「貧打のテコ入れとして4番を打てる打者獲得(ゴメス)」と「絶対的なストッパー獲得(オスンファン)」によって外国時枠4つが埋まるために(残りの2枠はメッセンジャーとマートン)自由契約となった。ある程度の力はあるがストッパーとしては力不足という首脳陣の判断だったのであろう。なお帰国後はメジャーで活躍している模様。
コンラッド
前年には3Aで打率331
本塁打14本を記録しており、シーズン前は三塁レギュラー最右翼と考えられていた。また、アメリカ時代はファイターとしても知られ、チームの雰囲気を変える男と期待された。しかし、蓋をあけてみると・・・確かに打撃用の手袋をつけずにバットを持って打席に入る姿はやる気に満ち溢れていたが、バットにまともに当たらんのである。
スイッチヒッターで右打席はパワー系、左打席はミート系と聞いていたが、左右どちらの打席でもまともにバットに当たる気配がなかった。また、まともと思われていた三塁守備もボロボロで新井さんを上回る送球ミス、捕球ミスを繰り返し阪神ファンを昇天させた。
中村GMがビデオで2分間見ただけで獲得を決めたという真偽不明な噂も流れ、コンラッドを獲得したフロントの眼力が疑われる事態に。そもそもブラゼルを解雇してまで4番打者を欲したというのに中途半端なメジャー実績で三塁や二塁を守れるスイッチヒッター中距離法が補強ポイントだとは思えなかったのだが。
数年間、マートンとブラゼルという二人の優良外国人打者の時代が続いていたこともあって、暗黒時代臭がぷんぷん漂うコンラッドは多数の阪神ファンから絶大な支持を受け、あちこちでコンラッドが話のネタや酒の肴となった、そういう意味では非常に阪神っぽい助っ人と言える・・・。
そこそこ出場しながらまさかの打点0でシーズンを終える、ある意味清々しいほどのダメ外人っぷりであった。ちなみに2軍でも「52試合 打率222 本塁打6」に終わった。