これが本当に現役最後の一振りなのか-。今季限りで引退する阪神桧山進次郎外野手(44)が、鯉の守護神ミコライオから代打2ランをかっ飛ばした。9回2死、マートンが右前打でつなぎ、154キロを虎党で埋まる右翼席へ運んだ。22年間のタテジマ生活の最後、野球の神様がくれたサプライズ。来季こそ-の思いは後輩たちに託し、桧山がバットを置いた。
まるで、野球の神様がすべてを用意していたかのようだった。9回2死、ネクストバッターズサークルで準備する桧山の目の前でマートンが右前打を放った。アウトならば、めぐってこなかった現役最終打席が実現した。「代打・桧山」のコールに沸き返る甲子園。そんな中、1ボールからミコライオの154キロ速球を完璧にとらえた。
「もう1回やれといわれてもできないような打ち方。22年間、最後の最後まで悔しい思いをしながら終わってしまうのかと思っていた。ぼくにも野球の神様がいるのか、と思った。22年間で一番いい、自画自賛してしまう打ち方だった」
内角いっぱいの球を体をくるっと回転させて振り抜いた。桧山らしい美しい振り抜き、全盛期のような放物線が愛すべき右翼席に描かれた。敗色濃厚の中、この時ばかりは敵も、味方も、すべてを忘れて拍手を送った。夢物語のようなワンシーンだった。
逆境ばかりの野球人生だった。だが、いつだって真っ向から立ち向かった桧山を周囲は放っておかなかった。桧山が代打になったばかりの時期、同じ立場を経験していた高橋現打撃コーチに苦悩を相談し、ある言葉をもらったという。
「『いいかげん』という言葉があるでしょう。あれは一見すると悪いイメージだけど、よく見ると『いい加減』という意味もある。代打はそれくらいの考えでいい。そうでないと精神的にもたないよ」(高橋コーチ)
またフリー打撃では中井打撃投手にリクエストを出していた。「全力で速い球を投げてくれ」。「落ちる球を投げてくれ」。相手のストッパーをイメージしての注文だったが、同打撃投手は全力で応えてくれた。要求に応えるため、人知れず、落ちる変化球の練習もしていた。
真っすぐに野球と向き合う桧山をだれもが応援していた。この日、スタンドには家族の姿もあった。
「子どもの前ではあまりいい結果が今までなくて、『パパは三振ばかりや』と言われていたから」
かっこよすぎる幕引きの最後、桧山は伝統を受け継ぐ後輩たちへのメッセージを残した。
「自分は引退してしまうけど、後輩に託すので。優勝してほしい。外から見守っていきます」
試合後は両軍ファンからの「桧山コール」に応えてスタンドへ別れを告げた。ひたむきに野球と向き合った男は、あまりにも鮮やかで、強烈な印象を残し、グラウンドを去った。